2025/2/27
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マタイによる福音書25章1節から13節@銀座教会夕礼拝 |
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こんにちは!Ffの渡部です。 この前の銀座教会の夕礼拝で読んだ聖書は面白かったです。 マタイによる福音書25章1節から13節なんですが、 10人の花嫁がいて、みんなでお婿さんが来るのを待ってる。 夜来るらしく、灯火(ともしび)を持って。 ろうそく? 5人は油も持った。5人は持ってこなかった。 10人とも待ちくたびれて寝てしまった。 来たよーという声で目を覚ました。 賢い5人は油を持っていたので、灯すことができた。 おばかな花嫁たちが油を分けてくれと言ったが 分けるほどないので買って来たら?と言われた。 賢い花嫁たちは、宴に出ることができた。 おバカな花嫁たちは、宴に出られなかった。 かしこくなりなさい。 という話。 このともしびの油とはなんなのか。 信仰や立派な行い(神を信じる)ではないか? 暗闇(迫害)のなかにイエスが来る。ともしびで明るくする 神を見失いそうになる くらやみにこそ ともしびがいる。 以上えむずの走り書きメモ。 思うにえむずは、かしこくもないし、おバカでもない。 つまり言い換えれば かしこくもあるし、おバカでもある。 大抵の日本人がそうと言えるのではないか? お正月には神社に行き、 葬式では寺でお経を聞き、 クリスマスは、盛大に祝う。 えむずが信じてるのはイエス様だけではない。 それが許される日本がとても気に入っている。 しかし、えむずはキリスト教徒を大いに尊敬している。 信者だけでなく、システムそのもの、礼拝そのものも尊敬している。 長年続いて来ただけのことはある。 お坊さんも好きだ。親鸞様についてもっと知りたい。 お経は言葉がわからないのが辛い。 一神教を選んだ人をリスペクトしている。 さてえむずだったらどうするか? 賢い花嫁だったら、いいよーいいよーと言って分けてあげるだろうし、 愚かな花嫁だったら、閉められた宴の扉の前で、花婿とイチャイチャする。 めんどくさいので油を買いに行くことはしないと思う。 こういう人は、絶対聖書に現れないんだろうな。 |
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